プレイバック1979 柏田ニュータウンからの通勤

 東武東上線沿線に長く住 んでいる人なら、磯村建設のコマーシャルをテレビ埼玉で見たことがあるかもしれません。男衾駅や鉢形駅から徒歩10~18分の場所に分譲住宅を建設し、「広い庭の一戸建て住宅。月々のローンも家賃並み」という触れ込みで結構派手にCMを流していたものです。小気味よく「電話!」と叫んだら「343-4911!」と帰ってくればその人は立派な埼玉県民といわざるを得ません。

https://www.youtube.com/watch?v=wToOOdcZY_0

 で、磯村建設が分譲していた鉢形や男衾ってのが、東上線で言えば端っこも端っこです。鉢形駅に至ってはあと2駅で終点の寄居というような立地です。CMもそのへんは誠実に知らせていて、「池袋より直通90分」といっています。
 まあ、嘘はついていないんですが、当時の東上線はラッシュ時に急行がありませんでした。通勤急行も設定されておらず、ラッシュ時の優等は準急のみ。しかも平行ダイヤで成増~池袋間でおいぬきをしないどころか、所要時間まで同一でした。当然ラッシュ時は90分での到達なんて無理です。
 プラザ合意前でまだまだ景気は底冷え間のあった1979年。なけなしのお金をはたいて頭金150万円を工面して、家賃並みのマイホームを手に入れたお父さんは、どんな気持ち柏田ニュータウンから通勤していたのでしょう。今回はそんな気分を味わうべく、川越発の始発電車に乗って、男衾へ向かいます。

5:09川越発の小川町行き始発電車。小川町で乗り換えて男衾に向かいます。

 今回は、できるだけ当時の雰囲気を体験しようということで、男衾駅から池袋までの70.1kmを、普通と準急で乗りとおしてみます。もちろん当時のダイヤを再現できるわけではありませんが、ラッシュのどまんなかに池袋駅に到着する小川町7:02発の池袋行き準急がターゲット。当時のラッシュと同じように途中待避なしで成増まで各駅に止まり、池袋駅到着は8:25と、通勤時間にドンピシャで入れる電車です。つまり、混雑も半端ないってことですが……。
 この電車に接続する男衾駅からの電車はないので、いちばん近い接続を取れる男衾6:41発のY674電車からスタートします。小川町での待ち時間を除いた所要時間は1時間31分。まさに、池袋まで約90分+徒歩20分の長い通勤となります。

住宅街を無意味に歩くと、人生について考えてしまいますね

 柏田ニュータウンがどこにあるのかわからないし、そこまで厳密にやらんでもよろしかろうということで、男衾駅の周りを6:20ごろから20分ほど歩いてから改札を通過します。駅前はそこそこ家がありますが、早朝の通勤客をあてこんで開店しているお店はありません。自販機だけがお友達です。
 ですから、朝6時に起きて駅前でパンでも食べてから通勤、というわけには行きません。5時半に起きてご飯を食べて、トイレに行ってから出かけるべきでしょう。何といったって男衾から1時間31分、トイレに行けないんですから!

今でもうっすらと残る磯村建設の文字。ただしテナントは別の会社が入っています。

 男衾駅前には磯村建設の跡地があります。柏田ニュータウンの入居者はここで35年ローンで家を買ったのでしょうか。「価格は1,160万円から」とCMで言っているので、頭金150万円を引くと1,010万円を35年かけて支払うわけです。ボーナス払いとかもありますが、年間30万円。プライムレートが当時7.1%でしたから、個人が銀行から借りると15%くらいの利息が付くのでしょうか。利息モロモロで年間35万円返済するとして月当たり3万円ちょっと。1979年の平均年収が約271万円(!)なので、なるほどこのくらいならなんとか払えそうです。
 まあ、その代償が通勤時間2時間オーバー×35年なんですけどね。高いのやら安いのやら。

そんなわけで6:35ごろ、男衾駅に到着。梅雨の晴れ間で朝から結構暑くてもうすでにヘトヘトです。

 
ラッシュというにはスケールが小さすぎますが、それでも駅にはそこそこの人が集まっていました。
 現在東上線は小川町駅で運転系統が完全に分断されており、直通で池袋に行くことはできません。今回乗車するY674列車は小川町駅で池袋行き急行1012列車に接続。池袋到着は8:14となります。急行がラッシュのどまんなかに設定されているなんていい時代だな~、と思ってはいけません。急行1012列車の小川町~池袋間の所要時間は1時間23分。今回俺が乗ろうとしている後続の準急3102列車と所要時間はまったく変わりません。東上線は停車駅が少ないから速い、という公式が当てはまらない電車が結構あるので、時刻表での確認が必要です。

池袋まで急行で79分。磯村建設時代より11分もスピードアップしている!?


男衾駅に掲示してある所要時間は小川町駅からの時間で、現実にはこれに8分を加算して88分+接続時間2分で90分となります。1979年からなんら変わっちゃいません。まあ、停車駅が5駅増えて所要時間変わらずなので地味にスピードアップはしていますし、ラッシュ時はとても90分でなんて着けませんでした。


そこそこのお客さんが集まり、Y674列車が到着です。


車内に入るとちょっとユニークな光景に。進行左側のドア前にはたくさん人が立っているのに、右側には一人も立っていません。朝日が差し込んでまぶしいほうに人が集まるってのが最初は理解できませんでしたが、小川町駅に到着して謎がわかりました。


ドアが開いたと同時に、接続する急行列車へダッシュ! 座席を確保するためにドア前でスタンバイしていたというわけです。座席にありつけなかったら最悪の場合、1時間23分立ちんぼですから気合が違います。


急行1012列車を見送ったあと、準急3102列車を待ちます。この電車は寄居方面からの接続電車がないのでそれほど混まないかと思ったら、そこそこ人がいます。


八高線の上下列車が接続するんですね。数としては知れてはいますが、それでも少なくない乗客が誇線橋を渡ってきました。



少々遅れて準急3102列車が到着。ふたつ上の写真に止まっている寄居行きとの乗り換えの利便を考えいったん4番ホームに到着します。


そして引き上げ線を経由して2番線に到着。これから1時間23分、池袋までトイレに行けません。


小川町駅の発車時点ではこの程度の入り。まあ余裕があります。


嵐山信号場で下り急行を待たせて通過。短い区間とはいえ単線はネックです。


東武鉄道が絶賛売出し中のつきのわからもかなりの乗客が乗ってきます。


森林公園ではこのあと7:22発の始発準急3216列車があるのでそれほど乗り込みませんでしたが、東松山で座席は完全に埋まります。ここからは川越駅まで乗る一方でしょう。


川越駅でそこそこ乗客が入れ替わりますが、さすがピークを走る電車だけに混雑がきつくなってきました。川越市からはおよそ3.5分ヘッドになり川越市始発の電車もそこそこあるのですが、川越駅のボリュームはそれを超えるものがあり、乗り込む乗客は少なくありません。このまま降りて家に帰りたい気持ちを抑えながら、運転台の後ろにかぶりつきます。


ふじみ野・鶴瀬・みずほ台でぎゅう詰めになりました。いよいよ立錐の余地がなくなります。画面の傾きは人に押されてカメラをうまく構えられなくなったからにほかありません。つらいです。俺が柏田ニュータウン在住なら、転職か引越しを考えます。考えないほうがおかしいです。


50090型はラッシュのピークに池袋に入れないよう運用が組まれています。画像は急行1011列車。TJライナーをのぞくとこのあと急行1015列車が50090型ですが、そのあとは池袋9:07の準急3315列車まで50090型の運用がありません。


志木駅を発車直後に撮影した最後の画像。ここから先は池袋駅までカメラを出すことはできませんでした。和光市で若干の地下鉄乗り換え客が降りる程度で、あとはそれ以上に乗車が続いて池袋まで向かいます。なるほど小川町駅で座れないとこれは死ねます。


若干の遅れはあったものの、おおむね池袋8:25で到着。男衾駅から1時間31分。おつかれさまでした。でも、柏田ニュータウンの人がみんな池袋を勤務地にしているわけでもなく……。


山手線なり地下鉄なりに乗り換えて、仕事に向かうのです。

 今回はあえて座らずに男衾から池袋まで乗ってみましたが、これはしんどいです。この生活を35年続けろといわれたらさすがにちょっと人生考えたくなるレベルでした。でも昔は「それが当たり前」だったから、黙々と皆さんすし詰めの電車に乗って(当時のピークの混雑はこんなものではありませんでした。冷房もないクルマが半分くらいいたし)いたんですね。
 で、カメラを取り出すことができなかったんですが、成増~池袋間でほとんど渋滞せずに走り抜けるのには感心しました。上板橋・中板橋で普通電車を追い越して、ちゃんと優等列車としての役割を果たしています。かつてときわ台に朝上りの準急が止まっていたころ乗ったことがありますが、ときわ台手前までは「ドアが開かないだけ」。ときわ台に停車してから大山手前まではそこそこ(と言ってもこの区間は70km/hまでしか出せませんが)走りますが、下板橋手前からのろのろ運転で20分近くかかったのを覚えています。
 それと比べれば東上線はいろいろと改善されたんだな、というのを実感した一日でした。
 1979年に柏田ニュータウンを購入したお父さんも、そろそろ定年になるか、もうなったかくらいの年齢です。今も黙々と男衾なり鉢形から通勤しているかどうかわかりませんが、本当におつかれさまでした。
 俺はもうこりごりです。

※画像はすべて2016年6月10日撮影


index.htmlへ


inserted by FC2 system